僕のコンプレックスは太ってる事です。夏場は汗をかくので痩せていく傾向にありますが、クリスマス、年末年始、冬場は極端に汗をかかなくなることなどで痩せなくなってしまいます。

そこで汗をかかなくてはいけないので実践したのは、自転車ダイエットです。自分の年齢はもう四十も過ぎて良いおっさんですが、自転車に久しぶりに乗った感想から言うと、高校生のように機敏には走れないという事です。

自転車はもちろん有酸素運動ですから、十五分以上足を動かし続けていれば全身の燃焼細胞が活性化されカロリーは消費されていきます。よく、ジムなどで格好いいお兄ちゃんやお姉ちゃんがバイクを漕いでるのをテレビや映画などで見かけますが、あんな格好良くは最初はなれません。

なんて言ったって、足がついていかないのです。すぐに太ももは乳酸が溜まり漕げなくなります。一番最初にやってしまった失敗は、高校生の頃のような気持で遠くまで行こうとしたこと。

遠くまで行けたことは行けたのですが、帰りが漕げない。どうしても足が動いてくれないのです。筋肉の衰えと言うものは凄いもので歩けない走れない自転車漕げない、大体の太っちょ君は足が衰えてます。

足が発達してる奴には大体痩せてる人が多いのです。自転車漕ぎダイエットで気を付けないといけないのは、やり過ぎに注意という事です。大体時間にして三十分もやれば良いでしょう。

それもややきつめ位で良いです。あまり激しくやってしまうと競輪選手みたいに太ももが発達してしまいジーパンや細めのズボンが入らなくなってしまいます。

だから適度な感じで良いのです。僕は最初は五分も漕げませんでした。一キロくらいで太ももには乳酸が溜まり休憩。帰りは押して帰ってくるという情けなさでした。それを一月位やっていたら、距離は三キロくらいに伸びました。

行き帰りで二、三十分です。走行距離は六キロ。大体そんな感じ位が一番良い距離数だと思いました。現実に身長175センチ体重九十キロだった私は、三か月で八十キロまで落ちました。

食事は少しだけ腹8文目位で止めておきました。10キロも痩せると足が軽くなるんですね。10キロの米を抱えて生きていたって事ですから、その荷物が無くなったという事です。

今年の夏場はクーラーの効いた職場でほとんど汗をかくことも無かったので、明日からまた自転車開始です。70キロまではいきたいですね。皆さんも簡単に始められて、膝に負担の少ない自転車漕ぎでダイエット、明日から始めませんか?

それと、春先になると花粉症に悩まされます。鼻炎が凄くて仕事も手につかない状況になります。薬などを飲んでいるんですが、あまり効果もなく。

他にいい方法がないんでしょうか?

※鼻炎にお困りの方にお勧めのサイト情報⇒鼻炎の治し方※僕は味噌汁とお茶という自然療法で治しました。

小学生の頃、学校の先生たちの駐車場に停まっていた、小さくてまん丸のライトの可愛い車。

30年くらい前の話で、もちろんインターネットもない時代、田舎の小学生だった私は、その車の名前すらわからず、情報も全くありませんでしたが、車の頭からおしりにかけての、何とも言えないフォルムを忘れることができず、大きくなったら、絶対この車に乗る!と、心に決めたのでした。

それから、10年以上過ぎ、大学生になった私は、その愛らしい車が、イギリスのミニという車ということを知ることになります。

まだ免許もなく、一人暮らしの身分では車を買うことはなかったのですが、少し都会に出てきていた私は、ミニが乗っている雑誌を手に入れることができました。

毎号、その雑誌を買っては、穴が開くほど、ページを読み、ミニのオーナーさんが自分の愛車を紹介しているコーナーを眺めては、自分が紹介するときは、どんなコメントをしようかと、考えていたものでした。

就職氷河期と言われた時代に大学を卒業した私は、就職浪人生活を1年送り、その間に運転免許を取りました。

どちらかというと、どんくさく、運動神経も悪い私は、教習所で、教官にとっては面倒な生徒だったのでしょう。

行くたびに嫌味を言われ、教習所に行く前の日は、胃がきりきりし、もういやだ。やめたい・・・。と、思いながらも、憧れのミニに乗るため、耐え忍び、無事、マニュアル免許を手に入れたのです。

とうとう、その時がやってきました!運転免許取得から、5か月後、私は、無事に就職し、仕事を初めた翌月、市内のミニ専門店というところに赴きました。

ちょうどその頃、私の憧れていた、あの形のミニが、新しい形に変わってしまうという頃で、今を逃すと、新車では買えない・・・という時期だったのですが、そこは、新入社員。

まだ、たくさんお給料をもらっているわけではありません。とにかく早く乗りたかった私は、中古での購入に決めました。

何度も、外から眺めていた、ミニが並んでいるそのショップに私は、初めて足を踏み入れました。

小さいころから、ただただ、その可愛らしい姿に憧れていただけの私は、詳しく車の説明をしてもらっても、正直ちんぷんかんぷんだったのです。お店の人が、いろいろ親切に説明してくれたこともあり、安心して購入を決めることができました。

社会人1年目だし、100万円くらいかな?と、「100万円出せるんです。」と、わけのわからない注文の仕方をした私に、ぴったりの車体を選んでもらい、私は、人生初めてのローンを組みました。

その時私は、願い事って、ちゃんとかなうんだ。と、それまでの人生で、一番実感しました。

免許を取ってからしばらくたっていたので、納車の日、車屋さんから帰るとき、発進が全くできず、一緒に来てもらっていた彼氏に、運転してもらったのもいい思い出です。

その後は、早朝の運転練習などもして、私は、ミニライフを楽しみました。片道高速使用で5時間の実家にもすいすい運転して帰れるようになり、友達と、海を見に夜中に出発してドライブしたり、今の夫との初めてのデートにも一緒でした。

しかし、結婚して、子供が生まれてから、やはり手狭ということで、サヨナラをすることになってしまいました。

100万円。車の値段にしては、それほど高い金額ではないかもしれませんが、まだまだ安いお給料から購入するには、なかなかの値段でした。

小さいころからの夢もかない、楽しい思い出もいっぱい残してくれて、本当に良い買い物だったなと、今でも思います。

今は、子供がもっと大きくなって、ひとりであちこち行けるようになったら、また、同じ車に乗りたいなと思い、すこしずつですがへそくりをしています。

主婦には高い買い物になると思いますが、また、願いがかないますように・・・。

あっでも、その前に以前とは全然違った体系を戻すのが先か(-_-;)今の身体じゃミニに乗れないかも。。。

でも、この年になったらなかなか痩せれないし。思い切って美容整形で脂肪吸引でもしてもらうしかないのかも。

お金に余裕があればしてもらうんですけどね。さすがに、美容整形ローンを組むわけにはいかないですし。

やっぱり地道にダイエット頑張っていくしかないですね。

子供が大きくなるまでイメージしていなかった出費のひとつとして大きい部分は、子供の習い事代です。入会する時にはキャンペーンを利用して始めたので入会金がかからず、とても手軽な気持ちになりました。

 

その習い事はテニスなんですが、ラケットとシューズがあれば大丈夫と思っていたんです。ただ、いざ始めて本格的に覚えてくると、レッスンの回数を増やしたいとかテニスウエアを着たいと言われるようになりました。テニスはテニスコートで自主練習をしなければならず、いつでもどこでも練習ができないのでやる気に合わせてレッスン回数を増やすお子さんが多いと聞きます。

 

うちの子もけっきょく増やしたので月謝が倍になりました。シューズも外用と屋内用が必要になり、サイズアウトする度に買い替えなければいけません。ラケットも大きくなってくるとガットの張り替えが頻繁になったり本人のこだわりのメーカーも出てきます。親としてもどうせならいいラケットでと思うようになり、ちょっと高いラケットを買い与えてしまうんです。

 

実際にテニスにおいてはラケットの良し悪しも重要なので仕方のないことではありますが、ガットの張り替える頻度に関しては気持ちの問題もあるような気がして頭が痛いところです。試合にエントリーするにも個人種目のため誰かと費用を分けることができません。会場までの交通費、エントリー代、昼食代などを考えるとどうしてもエントリーする試合を制限してしまうことにもなっています。

 

お金がかかって困るのも本当ですが、習い事を真剣にやってほしいという気持ちも本当です。どうせならいい道具を使ってストレスなくプレーして欲しい、どうせなら試合に出て実力を試して欲しいというのも本心です。そのため、我が家で心がけていることがいくつかあります。

 

まずは子供にレッスンを無駄にしないように毎回真剣に受けさせることです。お金がどのくらいかかっているかも正直に話しました。その方が本人も自覚を持って習ってくれるようになったと感じています。シューズやラケットは少しでも安く買えるように通販で買っています。特にシューズはすぐ小さくなるのであらかじめ大きめを買って中敷や厚手のソックスを活用しています。ガットの張り替えはせこいですがコーチに推奨されている頻度よりも少なめに。

 

エントリーする試合も最低限のものだけにしてその1回1回に集中して戦ってもらうようにしています。試合のある月はわたしも食費や電気代を節約するように心がけていますね。できることは少ないですが、子供にも我慢させるところはさせてどうにかやっています。おかねを捻出するために乗用車から軽自動車に乗り換えるのも検討中です。このサイト(※ホンダヴェゼル買取価格※車を高く売るコツを査定員に聞いてみた)でとりあえず見積もりしてもらってます。

初めまして。夕紀子気がつけば、現在の私は10社を超える転職歴です。(ほとんどは派遣社員としてですが、3社で正社員を経験してます)
ことの発端は、「大学を出たかった」から始まります。

まずは高校を卒業して、直ぐに自動車販売会社に勤めるのですが、この時から既に大学には行きたかった気持ちもあったんですね。
でも、家庭の経済力や勉強の苦手だった私にはまともに受験しても、無理だろうと、自分でも入れそうな会社に入れて頂けるのならと安易に就職しました。
しかし、友人は大学、専門学校や短大の楽しい時期です。
職場の先輩も大卒者ばかり。高卒の私を見下しているのではないかと言う、被害妄想までする始末。(実際、そういう場面もありましたが)

さらに、頭も悪いのにエリート思考が強い私はついに、「大学出て、こいつら見返してやる!学費くらい、働けば自分で何とかしてやる!」と意気込んで、通信制の大学に受験。
運も見方をしてくれて、思っていたよりもすんなりと入学の切符を手に入れる事が出来ました。

しかし、今の会社で働いていると、いくら通信制とは言えども、講義もまともに出られない可能性が高い。
「それなら、大学について通いやすい会社に転職しよう!」なんて、安易に8年も勤めた会社を退職し、入学準備に備えつつ、新しい職探しを始めました。

1ヶ月もかからない内に、派遣会社の存在を知り、登録と応募、会社訪問とトントン拍子で話が進み、退職した翌月から大手通信事業の会社へ勤務となりました。前職では、事務を5年、営業3年という経験もあり、新しい職場では、「社会人経験も問題なさそうだし、何でもやってもらえそう」という判断もあったようです。

新しい職場では、なんと総務。総務といっても、給与関係や年末調整等のいわゆる会社の何でも屋といった感じでしょうか。まったく違った業界だったので、前職と比較することも全く気になりませんでした。

ただ、ひたすら「学費のため」と割り切って、目の前の仕事を終わらせて、少しでも早く帰ってレポート作成の時間を作る事に専念しました。今思えば、時間的にも経済的にも苦しい状況だったのですが、転職出来た事によって、全てが新しく感じられ、清々しい気持ちでいた事を覚えています。

会社においては、特に、社員食堂が前の職場にはなかったので、新鮮に感じられたし、通勤も満員電車で苦しいのに、今までは車通勤だったので定期を買うのも久々でなんか嬉しかったですし。

前の会社は、実は私に向いていなくて、この道を選んだ事を成功だと感じられた瞬間だったように思います。今でも、間違いではなかったと思っています。が、これもまた、転職することになるのですけど。この続きは、また別のお話の時に。